【横浜日記】新人が来りて仕事をする

めでたいことに、もしくは、めでたくないことに、職場へ新人が配属されることになった。もちろん前回同様、配属日には「全員が万難を排して職場出社せよ」との指令が下った。

ちょっと信じられないかもしれないけれども、前回は全員出社という訳では無かった。僕的には不思議だけれども、出社を遠慮することが出来るらしい。不思議な世の中になったものだ。
(もちろん何かを強制するのは宜しくないが、会社って出勤して仕事する雇用契約じゃ無かったっけ?)

とりあえず今の僕は、右手の親指付け根あたりの関節を痛めており、大リーグボール養成ギブスではないけれども、ちょっと包帯でテーピングをしていたりする。それを見られることがないのは、嬉しいことだ。

先輩で急に体が動かなくなってしまい、車椅子生活になってしまった人もいる。今週は気圧変化などで不調な人も多かったらしいが、僕も調子が良くない。

しかしコチラは加齢によるものであり、そろそろ不調との付き合い方を、身につけていく必要がある。自分よりも半分以下の人生しか生きていない新人は、もはや眩しい存在である。

そんなこともあってか、部長が「新人が配属されるまでに読んでおいたり、やっておいた方が良いことがあったらご連絡ください」と仰せになった。やれ調査会社のレポートを読むのが良いとか、IT専門用語を覚えた方が良いとか、にぎやかに意見が飛び交った。
なんだか皆、それなりに力が入っているようだ。

えっ、僕?
皆が熱心になれば、冷めるという天邪鬼な反応が、僕の基本パターンだ。そんなヤツからの提案は、「情報処理の試験勉強や英語学習」である。
それから「勉強よりも、まず同期と親睦を深めておくことも一案」とトドメを出してしまった。

だって... ねえ。
今から二週間くらいしたら、もう配属されるのだ。その間に学べることには限りがある。
それに企画とかマーケティングというのは、基本的にはジェネラリストだ。いざという時にはスペシャリストの支援を得るツテを確保しておくことは、けっこう大切なことなのだ。

長い人生、いろいろある。
それにしても横浜とは名ばかりの辺境の地へやって来てくれるとは、新人には感謝するしかない。
自分にしても、基本的には横浜市内にいた期間が最も長い。もうそろそろお別れの時期が見えて来たと考えると、なかなか感慨深い。

それにしても、これからのコンピュータ機器メーカーというか、ITメーカーはどうなって行くのだろうか。
基本的にコンピュータはシリコンバレーという特異点が存在し、世界中のコンピュータおたくが参集している。このままだと、技術者が日本のコンピュータ機器メーカーに就職したくなくなってしまう。
僕が仕事を始めた頃から自製よりも再販ビジネスが盛んになって来たけど、最近はますます拍車がかかっている。

我が家のお嬢様にしても、これからは英語は必須アイテムになって行きそうに思える。たとえ機械翻訳が発達しても、発想を欧米式に切り替える必要がある。

冒頭画像は形見のボールペンだけれども、あの世で(今もすぐ脇で?)親父も相当心配していることだろう。何しろ親父と僕は、語学センスが皆無だった。どうもお嬢様も、その血を継いでしまっているらしい。

もちろん大半の米国人が英語を使えるように、要は「慣れ」の問題である。僕も恐ろしいほどの時間を消費した後、米国在住だと間違えられる程度にはなれた。

これからは、そういう時代がやって来そうな気がする。それとも新人さん、そこら辺は抜かりなくて、元同僚のように英国大学卒という肩書だったりするのだろうか。

いかん、いかん。僕も皆のペースに巻き込まれているような気がする。しょせんは配属されてから考えるのが、最も効率的なのだ。
そもそも他人の心配をする前に、自分のやることを完了しておいた方が良いだろう。

... そういえば僕、OA係というものだった。仕事用のパソコン機器手配とか、考えておく必要がありそうだ。浮かれている場合じゃ、ありませんな。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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 記事作成:小野谷静