絶対に勉強や仕事をする気持ちを持てる筆記具

「絶対」と言い切る "おいしい話" には、裏があるので注意した方が良い。しかしこれは絶対に確実な話なので、安心して欲しい。(本当か?)

まあ、たとえ効果が出なくても、貴重な数時間はさておき、金銭的には数千円程度のダメージで済む。だから「騙された」と思って、まずは話を聞いてみて欲しい。

ちなみに冒頭画像の筆記具こそが、「やる気」の源なのだ。しかしこれだけでは、おそらく何がどうなっているのか、さっぱり分からないだろう。そこで我が家の場合を参考例として、順を追って説明させて頂くことにする。

予備動作:手の動かし方

人間というのは不思議な生き物で、手が動くと、脳も動くようになることが多い。手を動かすためには、自宅や職場で作業台(机)などに座ることから始まる。(電車の中でノートを開いても良い)

これ、当たり前のように見えることだけれども、それを当たり前にできる人って、世の中そんなに多くない。人生って、けっこう大変なのよ。

だからモーニングコールから始まり、勉強を始める予定の時間タイマーをセットするとか、「推し」のポスターをドアに貼ったりして、少しでも体を動かすようといった心がけが役に立つ。
イチローが打席でバットをクルリと回すように、毎朝起きたら顔を洗って服を着替えるとか、ルーチン作業にしてしまうのも良い。

(そういう基本をバカにして、見事にドツボにハマってしまった例が... 実に身近にある。あっ、今も "朝の検温" を忘れて、フォローされている...)

会社員の場合、会議に参加したら、ノートを開いてペンを握る。
僕の職場の場合だと、会議室の中では、まるで事前に申し合わせていたかのように、皆がシステム手帳やら綴じ手帳やら大学ノートを取り出し、エラい人の発言をメモしている。

僕はヒネクレ者だし、会議では発言者になることも多いので、会議室全体を見渡すこともある。殆ど全員が黙々とメモを取る光景というのは、実にシュール... 奇怪というか、真面目な日本人気質だと感心する。
いったい皆さん、頭の中では、はたして何を考えているのだろうか。

白状しよう。

お察しのように、僕は「俺って最強」と調子に乗るヤツだから、最初は会議でメモを取るだけの者たちを、心の中では鼻で笑い、小物扱いしていた時期もある。でも今では、そんな自分こそ「ちっぽけなヤツ」だったと反省している。
少なくとも、エラい人の発言に反応して手が動いているということは、夕飯のメニュー選択に悩んでいるのではない。

それでも僕は皆と同じように "メモ取りマシーン" と化すことはない... というか、気質的に真似できない。それから不器用なので、発言しながらメモすることが難しいのだ。
(いわゆる「テストだけは得意で、仕事は全く出来ない」という典型的なサンプルだったりする。残念だけれども、事実なので仕方ない)

皆は会議では黙ってメモ取りをするだけでも、別な場所で入手情報を各人なりに活用し、それなりの仕事はやっていると評価している。それに、もしも手さえ動かせない状態になると、会社に来れないメンタルになっていたりして、職場としてはケアする必要が生じる。人事部門や健康管理部門からの職場環境チェックという、面倒くさい業務も発生する。

以上は「やる気」を出す以前の話だけれども、まずは規則正しく起きて、食事して、検温や着替えを出来るというのは、実は素晴らしいことなのだ。無理な冒険をして挫折するリスクを最小限に押さえ、出来るところから地道にコツコツやる日本人気質は、決して世界水準でも侮ることは出来ないのだ。

(えっ、僕? 今日も規則正しく、8時過ぎになって起きましたよー)

本番:やる気の出し方

さて今回の本題となるのは、手の動かす方法は分かっているけれども、そもそもやる気を引き出す分からないという場合だ。
人間というのは厄介な存在で、漢字を書き写して覚えるような単純作業には飽きてしまうし、数学の期末テストは難しすぎて、お地蔵さんのように動けなくなってしまう。

だから前章のように、「ともかく手を動かすことはエラい」という状況になる。ただし手を動かすだけで成果を生み出すことは難しい。特にテスト等では、答案というアウトプットが全てとなる。非情にして、無情なのだ。

ともかく手を動かすだけで済むのであれば、東大などは働きアリのような者たちで溢れ返ってしまうだろう。現実には、そのようなことはない。

そうして多くの学生は、次第に手が動かなくなり、次に規則正しく机に向き合うのがイヤになり、見事な "勉強嫌い" が出来上がっていくという訳だ。FGOというゲームに登場するギルガメッシュ王みたいに、「俺がこの程度の問題を解けなかったとは、解けなかった俺自身を許せぬっ!」と、ムキになって勉強するのは "立派な変人" なのだ。

仕事での、提案資料の作成なども、基本的には同じことだったりする。

僕は変人認定をパスしているし、それなりの歳月を生き抜いて来たので、それなりに「手の動かし方」を知っている。そんな僕でさえ、そもそも手を動かす気力が湧き出て来ない時もある。声援や叱咤激励で動きだすとか。人生、いろいろありますな。

さて、どうして良いのか分からなくなってしまった人に対して、今の僕がオススメしたいのは、"フラジャイル 病理医岸京一郎の所見" という医療マンガだったりする。だからこれから説明するけれども、冒頭画像の筆記具には、そのフラジャイルの登場人物たちが登場している。

LAMYのSafari

病院へ行くとお分かりのように、医師にも外科医、内科医、放射線科医といった専門家に分かれている。主人公は岸京一郎という病理医だ。大雑把にいうと、病理医とは、病気の理由を調査/分析する医師のことだ。

僕はITメーカーで、コンピュータの故障対応チームの統率者をやっていたことがある。今は競合他社製品や市場動向を調査/分析する仕事でもあり、非常に親近感を持っている。

別に僕のような立場でなくても、誰でも面白く読むことが出来るだろう。実際、学生であるお嬢様は、電子書籍として購入した第9巻までを一気に読み通した。何をどうして良いのか悩むような時、ヒントになるような良いアイディアが詰まっている。

ちなみに僕はフラジャイルを選択したけれども、あなたが学生だったら、ドラゴン桜/ドラゴン桜2という受験マンガも存在する。

うちの子供は、昨年度に国語の読解テストで平均点を下回る成果を叩き出したことがあったけれども、ドラゴン桜に登場する芥川先生の教えた通りに問題を一緒に解くことにより、見事に自分の反省点を理解できるようになった。

(余談になるが、最近は読解テストに向かうたびに、小人版の芥川先生が問題用紙上に出現しているらしい)

それから高校生以上向けになってしまうけれども、"こわいもの知らずの病理学講義" という本がある。

これは医学部の一年生レベルの本だけれども、誰でも話の大筋は分かって貰いたいという配慮で、実に丁寧に書かれている。おまけに病理学とは関係のない雑談が入っており、これが大変に有益なのだ。

僕は特に意識したことが無いけれども、知らないことを学ぶときに大事なことが二つあるとのことだ。

"ひとつは大きな流れ--ものごとの原理とか大枠といってもいいかもしれません--をきちんととらえることです。何事においても、原理的なことをしっかり頭にたたき込んでおくと、大きく間違えることはありません。 ... 最近の学生には、こういう当たり前のことをできない子が多いことに驚かされます。試験勉強のやり方を見ていると、大事なことも、そうでないことも、すべて同じように頭から覚えていこうとする傾向があります。あまりに効率が悪いので、大事なことから勉強したらええのに、と指導すると、先生、どこが大事か教えてください、と言われます。それを見つけるのが勉強だろうが、大学生にもなってアホかと思いますが、悲しき現実です” (P177)

なかなか手厳しいが、その通りだ。僕も高校生だった時に、この本を読んでいたら、随分と楽できたと思う。ちなみに二つ目は、以下の通りだ。

“もう一つ、新しい分野を勉強するときに大事なのは、言葉の意味をきちんと理解しておくことです。それができていないと、なにがなにやらわからなくなることがあります。幹となる事柄や大事な用語はそれほど多くありませんので、きちんと理解して覚えてくださいね” (P188)

なお著者の仲野徹先生は、もう一つ興味深いことを説明している。なんでも病因(病気の成り立ち)というのは、英語ではetiology(原因)と、pathogenesis(発生)の二つで構成されているとのことだ。

僕が使っている... というか、全世界のMBA(経営学修士コース)にとって定番ツールであるPyramid Principleでも、日本語の「課題」は、SituationとComplicationの二語で構成されている。Pyramid Principleは応用物理学者の視点から生み出された思考/表現ツールだけれども、他にも病理学と共通点が多くて興味深い。

それから我がお嬢様の場合は、頼もしい個人塾の塾長/講師陣や、学校の先生/友人たちが存在する。現在に至る50年間でも、人類は多くの最新ノウハウを蓄積した。

だから最近の僕の家庭や職場では、「そもそも、どうやって最初に少しだけ引き出した『やる気』を安定させるか」ということが、最も重要な問題となって来る訳だ。(ちなみに余談ながら、僕は変人なので、塾に行った経験がない。世の中には、そういったタイプの人間も存在する)

で、その「やる気」を恒常的に引き出してくれるのが、冒頭画像のような、「推し」の顔が見える筆記具という訳だ。これはLAMYのサファリというローラーボール型ボールペンで、お馴染みのSARASAやシグノのインクを使うことが出来る。

「エラそうにしているオッサンが、変なことをやっているなー」と、我ながら呆れることもある。

しかし考えてみれば、職場では大半の者が、「推し」ではないけれども、家族の写真をスマホ壁紙にしている。映画では兵士が戦場でペンダントを取り出し、「スーザン... 俺は生きて帰るぞ...」というセリフで、"フラグ" を立ててしまうこともある。

うちのお嬢様にしても、今は同じように「推し」の似顔絵が見える濃紫タイプを使用して、何とか前期テストを乗り切ろうとしている。ちょっとした小道具でも、案外と侮れない役割を果たしてくれるのだ。

「推し」の存在は、人間にとって大切だ。だから単純でシンプルなアイディアだけれども、シンプルなだけに効果がハッキリと分かる。それに「推し」の立場になって、人生のピンチを、のらりくらりと進んでいくのは面白い。

ちなみに「やる気」を向上的に出すだけならば、最強の筆記具はコチラになる。親父から貰った、つまり「形見」のボールペンだ。岸先生のようなアイディアが湧き出て来ることは無いけれども、ともかく「やる気」を出したい時には役立つツールだ。

ただし滅多なことでは、使うことが出来ない。実は二つ持っていたけれども、従兄に頼まれて、一つ譲ってしまった。だから紛失すると、大変に困ることになってしまう。
(そんなことしなくても... と思われるかもしれないけれども、僕の親父だったら、「絶対に一つ譲れ」と願ったと思う。だから気持ち良く譲ってしまった訳だ)

それから形見とは便利なもので、ペン立てに飾っておくだけでもプレッシャーを感じる。少なくとも、いつも親父と接している気分にはなれる。

無理に自分を追い込まない

ところで年長者という立場から、一つだけアドバイスしておきたことがある。それは、無理に自分を追い込み過ぎないないことだ。

ここまで当記事を読んで下さったあなたは、本当に頑張る気力を持ちたいと願って、何か良い方法はないかと模索している者だ。しかし人生では「ほどほど」が大切であり、あまり負荷を与え過ぎると、それが原因で壊れてしまうこともある。

責任者にしても、頑張ろうと張り詰めすぎて、メンタル的に参ってしまうことがある。先ほどのフラジャイルというマンガでは、「あんたは今、医者じゃない」というセリフを見かけたけれども、そんなことが現実には起こりうるのだ。

それから友だちは大切にし、それから友だちがいなくても、あまり気にし過ぎない方が良いだろう。これまたマンガのフラジャイルに喩えてしまうけれども、岸先生のように友だちが一人もいないという人も多い。考えてみれば、僕の母親も友だちがいない。

生きている限りは、一年365日、朝から晩まで一人で活動しているという人間は稀だろう。かかりつけ医と会話したり、コンビニで知り合いの店員さんができたり、何かしら「縁」というものが生まれる。

僕などは小学生の時に電車賃が足りなくて帰宅できず、最寄り駅の駅員さんがポケットマネーで電車代を立て替えてくれて、それから駅員さんと会うたびに挨拶するようになったこともある。

とりあえず「やる気を出す話」は以上だ。少しでも、お役に立つ部分があれば幸いである。

なお実はこのボールペンは紆余曲折の末に開発された「愛着の逸品」なのだけれども、書いているうちに相当長い記事になってしまった。開発秘話は、別な記事で紹介させて頂くことにした。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:小野谷静