売れないと分かっていても、あえて開発することを選ぶ会社の意図

「その仕事の進め方、最終的には自分で自分の首を絞めることになりますよ」

某月某日、コミュニケーションの得意でない父ちゃんは、ズケズケと未来予想図を明らかにしてしまった。もちろん聞いた相手としては、面白くなかっただろう。それから、父ちゃんが仕事を引き受けるつもりがないと解釈されてしまったらしい。

で、父ちゃんが意味のない仕事だと公言しつつ、その意味のない仕事を引き受けると発言した時には、何が何だか分からなくなってしまったらしい。僕の気のせいでなければ、「えっ?」という声が聞こえた。(... ような気がする)

誰だって無意味なことはやりたくない。今回は、それなのにどうして父ちゃんが仕事を引き受けるのかを、若い社会人向けに解説してみたい。

キャプテン・ハーロック

まず会社の仕事って、一から十まで役に立つ訳では無い。たとえばメーカーだと、お客さんからの見積もりに対して回答書を作成しても、受注となるのは10パーセントくらいだ。これはアチコチで尋ねてみたら、どこも似たようなイメージだった。

営業さんが頑張って商談が進んで、そろそろ金額的な面でも検討してみようかという雰囲気になった段階だと、だいたい勝率10パーセントになるらしい。もちろん状況や営業手腕によって差異は生じるけれども、営業もプロがしのぎを削る世界だ。見積もり回答を作成することを嫌がっていた若者が営業実習へ行ったら、大人しくなって帰って来た。

ところが勝率10パーセントどころか、まず絶対に勝ち目はないというノルマも存在する。ダイバーシティの現代では廃れてしまったが、「男なら 危険を顧みず、死ぬと分っていても行動しなければならない時がある... 負けると分っていても戦わなければならない時がある...」というヤツだ。

(宇宙海賊キャプテン・ハーロック... 恰好良かったですなあ)

もちろんITメーカーだと、開発した製品が売れなければ赤字となる。赤字を出す者は、企業にとって "悪" だという者も存在する。

しかし世の中、そんなに単純ではないのだ。示威行動、技術の維持など、ビジネスは複雑でムズカシイのだ。

売れなかった製品

今でこそ悟ったようなことを言っているけれども、僕も若い頃はヤンチャだった。とある失敗確実プロジェクトを担当させられ、ブウブウと文句を言ったことがある。

そんな僕を見事に説得してしまったのが、当時の部長だ。最後は事業部長になったところからも、ネゴシエーター力は半端じゃなかった。

まず僕が「このAプロジェクトは失敗します」と放言したのを、「僕もそう思う」と、アッサリと認めてしまった。

「失敗すると思っているなら、どうしてGoサインを出すんです?」
僕のシンプルな問いかけに対して、文句のつけようがないリターンが帰って来た。
「Goサインを出さなければ、どうなると思う?」
「Bプロジェクトを始動させることが可能になります」
「それではAプロジェクトのメンバーはどうする?」
「...」
彼は畳みかけて来た。
「もし、ウチが新製品を発表しなければ、関連する従来製品群の売上は維持できるか?」
「...」
そしてトドメがやって来た。
「技術者が転職するリスクは考えたか?」
「...」

そうなのだ。

そもそも製品開発が失敗すると言い切れるのは、僕がシリコンバレーで研鑽を積んで、あそこのIT関係者は半端じゃないと痛感させられたからだ。

そして製品開発を成功させるだけの組織力はないけれども、個人レベルでは "光る" 人材は存在する。そういう者たちがシリコンバレーの企業に転職したら、さらに手が付けられない存在と化してしまう。

そもそも僕にしてもインテルやマイクロソフトから転職を提案されたことがあるし、実際に同期入社の友人は転職してしまった。技術者に限らず、優秀な社員を保持するのは企業命題とも言える。

そして彼は、今度は諭すように語りかけてきた。
「なあ... 君に期待されている任務は、いったい何だと思う?」
しばらく考えた後で、僕はボソっとツブやくように返事した。
「Aプロジェクトを無事に完了させ、たとえ赤字ビジネスに終わるにしても、その赤字幅を少しでも減らすこと」

彼は満足したように、ニッコリと笑ってくれた。
「その通りだ。頼んだよ」

これは僕の体感に過ぎないけれども、たしかにAプロジェクトで開発した製品の売上は思うように伸びなかったけれども、それによってAプロジェクト関係者の部門は、組織の寿命が10年くらい伸びたと思う。

たしかに負けると分かっていても、戦わねばならぬ時はあるのだ。そして負け戦では、誰かが敵の追撃を阻む「しんがり」を担当することが必要になる。

その年の夏は、2022年の夏のように暑かった。そして横浜駅の様子も随分変わったけれども、僕は未だに横浜とは名ばかりの田舎工場を職場としている。

その後も僕はアチコチへ赴いて "負け戦プロジェクト" を担当し続けたけれども、損害を最小限に押さえることによって、会社としては黒字を維持することが出来た。

だから、売れない製品を開発するというのは、必ずもダメということは無いのだ... そう思っている。

まとめ(父ちゃんはつらいよ)

そんな訳で、僕はビジネスを企画/設計する職人(技術者)として、必ずしも自分のやる仕事が成果を上げると信じることなく仕事している。信念こそが成功率を上昇させることが出来ると信じて、己を研ぎ澄まして突進しようとするタイプの人々とは対照的だ。

しかし皮肉かもしれないけれども、そんな僕だからこそ冷静に戦況を見つめ、意味のない仕事でも嫌がらずに引き受けるのである。今ではプロジェクトを率いる立場から引退した古参兵だけれども、プロジェクトを率いる者たちの苦労は察することが出来るつもりだ。

だから先月は戦力増強のために関係者の業務用マシンを入れ替えを画策し、そのために職場へ出社し続けたのだ。昨今のご時世なので、空いている始発電車で通ったので、朝方は家族と顔を合わせる機会はなかった。

と、いうか、家族を起こさないようにウサギ小屋の中では洗面所を使わず、洗顔はゴミ捨て場の水道を使わせて貰った。なかなか大変な一か月だったけれども、とりあえず今の僕に出来ることは一通りやったつもりだ。

さて僕はそろそろ舞台からは退場する頃合いである。後に続く者たちには、ぜひいろんなことに挑戦し、経験値を蓄積して欲しいと期待している。

(そして少しでも役に立てば嬉しいと、こんなブログ記事を書いていたりする)

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:小野谷静